Columnコラム

本の紹介2024.03.06

「職場でのカウンセリング」の著者に聞く(その4) : 亀野圭介

 

第5章 企業の管理者の役割と心理職との連携 亀野圭介
 1.企業の特性と管理者が置かれている状況
 2.心理職と企業の管理者・人事部との連携
 コラム② 人事の仕事と気持ちのゆとり(亀野圭介)

 

1.どのような思いで執筆を引き受けたのでしょうか?
本書のコンセプトは私のこれまでの人事実務で感じた以下の課題意識に応えるものであり、企業の現場のリアリティをお伝えすべく執筆をお受けしました。
・企業におけるメンタルケース対応は、産業医や心理職などの専門家・管理者・人事担当者の連携が必要だが、実際の連携には苦労が伴う。
・連携の難しさは互いの立場や優先順位の違いに起因する。特に企業独特の論理が社外の専門家から想像し辛いことが大きな要因であり、その内容がセンシティブであるが故に管理者が本音を表に出し辛い事情も存在する。

 

2.執筆を通して、1番苦労したことはどのようなことですか?
「企業」と一括りにするのが危険なほどに各企業は千差万別であり、その制度や運用も常に変化しています。だからといってそれを理由に過度に一般化してしまえば、リアリティが削がれて本末転倒となるため、いかに実体験を通じた具体事例を盛り込むか苦労しました。
 

3.本が出版されて、今どのようなお気持ちでしょうか?
今後の日本企業の健康経営の進歩に伴い本書の内容は基礎知識化していくのだと思います。今回貴重な執筆の機会を頂いた編著者 財津先生・池田先生、岩崎学術出版社 鈴木様に御礼申し上げます。
 

4.読者へのメッセージをお願い致します。
たとえ企業で働いた経験があったとしても、管理者や人事部がどんな視点から対応にあたっているかを知る機会は限定的です。各ケースにどう対応すべきか、組織内での公平性や統制にどう配慮するか、異なる立場に置かれた関係者が協議して最良の方法を探ることになりますが、本書が各関係者の相互理解を促進し、円滑なコミュニケーションの一助となることを祈ります。

本の紹介2024.03.06

「職場でのカウンセリング」の著者に聞く(その3) : 池田健

 

第7章 精神科医の立場から 池田 健
 1.職場でのストレスを受けるとどうなる?
 2.うつ病
 3.心身症
 4.適応障害
 5.不安障害
 6.燃え尽き症候群
 7.睡眠に関する問題
 8.アルコール依存症
 9.自閉スペクトラム症
 10.注意欠如多動症
 
 おわりに

 

1.どのような思いで執筆を引き受けたのでしょうか?
長年個人的に親交のある財津先生や、彼が開業後に専門とされている企業心理学の第一線で活躍されている方々が、ご専門の立場から執筆されることを知り、執筆と編集を引き受けさせていただきました。

 

2.執筆を通して、1番苦労したことはどのようなことですか?
私は普段、精神科、心療内科、あるいは内科全般の医療従事者として働いています。このため、企業心理学に関しては知らないことも多く、ケース提示などで苦労する部分がありました。
しかし、それ以上に、編集の過程で、各著者の方々の文章の完成度が高く、内容も平易かつ充実しており、学ぶ喜びがありました。
毎回、監修や編集の作業では、手直しに四苦八苦する事が常ですが、今回ほど、楽しく、ラクチンな編集作業は初めての経験でした。

 

3.本が出版されて、今どのようなお気持ちでしょうか?
毎回、本を出す度に、たまっていた宿題を終えたような荷下ろし感と、「まだ宿題を続けていたいのに・・」というなごり惜しさのような、アンビバレントな感情におそわれます。特に今回は後者の気持ちが強く、それだけ私にとって充実した時間であったことを実感しています。

 

4.読者へのメッセージをお願い致します。
「あとがき」にも記したように、まだ、読者の方々には、それほど馴染みのない企業心理学に関して、多職種の専門家が一同に介して執筆した本はほとんど皆無であるのが実状です。これを機会に、この分野に興味を持っていただければ、これに勝る喜びはありません。ご批判、ご叱責も含めて、多くのフィードバックをお待ちしております。

本の紹介2024.03.04

「職場でのカウンセリング」の著者に聞く(その2) : 冲永昌悟

 

第4章 産業医の役割と心理職との連携 冲永昌悟
 1.産業医業務の基礎知識
 2.心理職と産業医との連携
 コラム① 私が産業医になった理由(冲永昌悟)

 

1.どのような思いで執筆を引き受けたのでしょうか?

 

僕は、普通の医師とはちょっと異なる経路で医師となりました。まずは、文系の法学部の大学に進学し、その後、銀行員となり、医師となりました。その辺のことを少しお話ししたいと思います。
僕は、1997年に日本興業銀行に入行し、新人社員として、東京支店という支店の営業部の最前線に配属され、社会人の1歩を踏み出しました。その頃は、バブル崩壊後、金融危機と呼ぶに相応しい年で、証券会社や、銀行など大手金融機関が次々と、経営困難に追い込まれた時期でもありました。
そんな中、営業の最前線にいた僕は、早朝から深夜まで、ほぼ毎日恒常的に残業業務が続いていました。経験したことない金融危機に法律や制度が追いついておらず、海外からの法整備の注文が殺到し、政府や金融当局の指示が二転三転し、業務量が増大し、金融業界全体がパニックに陥っていました。
組織全体に多大なストレスがかかり、心や体を害する従業員が増え、僕自身も出口の見えない状態に、疲労と倦怠感がつのり、ただただおびえた毎日を過ごしていました。
この頃に、漠然とではありますが、働く職場と、健康というものを意識し始めました。社員や、組織全体の健康が阻害されると、生産性も低下することを目の当たりにしたからです。産業医という存在を知ったのもこの頃でした。その後、医学部へと進路を変更し、産業医として働くことを念頭に、いろいろな分野の診察ができるオールランドな医師を目指しました。
研修医の時なども、確かに業務はつらく、個人的に当直など肉体的な負荷はかかっていました。しかし、1997年の銀行員のときのように、組織全体が制度疲弊をおこし、ストレスが慢性的に継続している状態とは異なるものでした。
そして、2020年になると、コロナウイルスによるパンデミックがおこり、急激な社会情勢の変化がおこりました。その中で、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の産業医の業務を行うことになりました。感染症対策は勿論ですが、この時も、開催年を1年遅らすべきか?スタジアムは無観客にするべきか?など国の方針が二転三転し、急激に業務が増え、従業員に多大なストレスがかかりました。産業医としてもギリギリの選択を何度もしたことを覚えています。
今後も、各企業においてメンタルヘルスの重要性は言うまでもありません。個人的にケアをするのは勿論大事ですが、企業が組織的に行うことはもっと大事なことだと思います。大切なのは、組織として適切なメンタルヘルス対策を行うことだと思います。
この本では、産業医の立ち位置から、組織としてのメンタルヘルス対策のコツや流れみたいなものを中心に書かせて頂きました。いままでの自分の体験を踏まえ、この本が少しでも企業内で役立つことになれば望外の喜びです。

 
2.本が出版されて、今どのようなお気持ちでしょうか?
素直に嬉しいです。今後日本において、産業医を中心とした健康経営的な文化はますます広がっていくと思われます。その中でも、メンタルヘルスの組織作りは健康経営の中でも本丸に位置します。また健康経営という概念は、トップダウンで独断専行に行うのではなく、「みんなで」ボトムアップ式で行っていく方がよく、日本の置かれている環境や風習とも一致します。これからも、少しでも、より良い企業の文化作りに貢献できれば嬉しく思います。

 

3.読者へのメッセージをお願い致します。

結構専門的で、内容の理解が難しい専門的な本だという印象があるかと思います。しかし、ここには普段、思っている産業医などの本音が述べられております。産業医業務の中では、白か黒か、簡単に割り切れない事象が多発します。そのグレーな部分をいかに解釈して、会社内を良い方向に持っていくのかということが、産業医や心理職、人事部などの役目だと思います。簡単に割り切ることは子供でもできますが、答えがない事象について、新しい問いを立て、答えを導き出す作業は、ある意味大人の仕事とも言えます。健康経営を行っていく上では、企業が成熟し、ある意味大人の対応が求められます。そのような困難な問題を解決できる企業を目指される方々に役立つ本となれば、著者として大変嬉しく思います。

本の紹介2024.03.04

「職場でのカウンセリング」の著者に聞く(その1) : 五十嵐沙織

 

第6章 知っておくべき法律知識と他職種との連携 五十嵐沙織
 1.法的トラブルに発展しやすい問題
 2.法律の知識をふまえたさまざまな職種との連携
 コラム③ 女性活躍への課題とは(五十嵐沙織)

 

1.どのような思いで執筆を引き受けたのでしょうか?
心理職の方々向けに「知っておくべき法律知識」を解説した本は他にないと思いましたので、
職場でカウンセリングを実践する際に、本書が他にはない役に立つ本になればいいなと思い、お引き受けさせていただきました。

 

2.執筆を通して、1番苦労したことはどのようなことですか?
法律と聞くと、とっつきにくいという印象を持たれるのではないかと思い、
興味を持ってもらいやすくするため、わかりやすく、かつ、実践的な内容になるように心がけました。

 

3.本が出版されて、今どのようなお気持ちでしょうか?
本の出版にあたっては、編著者である財津先生、池田先生、岩崎学術出版社の鈴木様に大変お世話になりました。
執筆の機会をいただき、無事に出版の日を迎えられたことに感謝しております。

 

4.読者へのメッセージをお願い致します。
「知っておくべき法律知識」の中には難しい内容も含まれているかもしれませんが、
ぜひ本書をきっかけに、少しでも法律を身近に感じていただけたら嬉しいです。

本の紹介2022.07.03

本の紹介

 先日、私が車通りの少ない道路で信号待ちをしていたところ、横にいた若い男性が赤信号を無視して道路を渡った。その姿を見た向かいの道路に立っていた若い女性も突如赤信号を無視して道路を渡った。私は日本で生まれ育ったからか、このような景色は馴染みのものであり、違和感を持つことはない。周囲の人の行動を見て自分の行動を決定することは、日本人にとって馴染みの行動パターンであり、日本社会は良くも悪くも同調圧力や社会的慣習によって支配されているとも言われている。

 「しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション」(ピーター・D・ピーダーセン著 生産性出版 2022/6/30)を読んだ。この本では、しなやかで強い組織体質を実現するために、Anchoring(アンカリング:主に信頼関係の形成や目標の共有化)、Adaptiveness(自己変革力:主に組織的学習の進化・高度化)、Alignment(社会性:主に会社と社会とのベクトル合わせ)のトリプルAが重要であると説かれている。私の解釈では、本書でいう「しなやかな組織」というのは、ストレス耐性が高い組織という意味ではなく、個人と組織、会社と社会、利益と理念などのバランスが高度にとられた組織のことである。同時に、本書では日本社会の同調圧力や日本企業の不合理な慣習が、日本企業の成長や社員の幸福度を低下させているとも指摘されている。デンマーク出身で親日家でもある著者のピーターは、そのことを端的に「もったいない。」と表現している。私も、著者と同様にもったいないことと感じているし、青信号を渡らないことは時間の無駄でもあると思う。

 本書で示された日本企業の持続可能な明るい未来像とアクションプランは、日本企業にとってはまさに「青信号」であると私は信じているが、本音では賛成でも建前としてそれを表現しづらい日本社会において、その普及へのハードルは高いと思われる。日本社会には青信号なのに気軽に渡ることを簡単に許さない同調圧力や不合理な社会的慣習があるとしたら、それを変えるにはどうすれば良いのだろうか。私なりに産業医としての立場で考えると、企業内での社員同士の会話の量を増やし、社員の本音が十分に共有されることが大事ではないかと考えている。本書を片手に全社員が本音で話し合い、そこから合意形成ができれば、新たな適応的な慣習と生産的な同調圧力が形成されうると期待している。

 本書は、著者が社外取締役を務める丸井グループをはじめ、日本を代表する大企業での取り組みが具体的に多数紹介されており、文章も端的であるため、非常に読みやすい。産業・組織心理学の発展の歴史も一部紹介されており、外国人から見た日本企業の分析も興味深く、個人的には今年一番の良書であった。また、巻末には「トリプルA調査設問(簡易版)」が掲載されており、企業において自己診断ツールとして利用できる点でも実践的で有益だ。産業医として担当している企業様にも紹介したいと思う。

本の紹介2022.06.28

恩師との出版について

 

世間では全く知られていないが、精神科医の業界では、お互いを褒め合うことが常識である。筆者はそれを「褒めトーク」と私的に表現している。褒めトークとは、相手への敬意と受容を常とし、かつ、相互を言語的に肯定しつつ接し合う日常会話である。私が研修医の頃の高名な主任教授も、精神科臨床について何も知らない私を言葉で褒めつつ、深い意味を込めて様々な示唆を与えて下さった。精神科医局では、伝統的にどこでも同じようなコミュニケーションであろう。おおらかさと話しやすさを尊ぶカルチャーは、多くの精神科医にとって誇りであり、精神科医療への愛着と実質的に同義とも言える。しかし、池田先生と私の関係性は一味違っていた。

池田先生と私は、私が開業する前に私が勤務していた精神科病院で、当時私は常勤医として、池田先生は非常勤医として、偶然出会った。池田先生は私の話をうわべだけで傾聴したふりをせず、あたかも話を聞いていない風でありながら、言いたいことは言いっぱなしであった。たまに私のことを褒めてくださるが、それが普通の精神科医と違って、さりげないのである。素っ気ないという言葉がぴったりだ。池田先生は私が開業のために病院を退職してからも現在に至るまで、度々長文のメールを頂いている。私は、多忙もあって、ろくに返信できていないが、池田先生は私の横着に対して否定的な姿勢は一切取らない。池田先生と私のやりとりは多岐に渡るが、私より一回り以上年上である池田先生の語りは常に早口で、そして、どんなに会話が砕けたとしても主語述語が破綻することはなかった。そんな精神科医は私にとって初めてであった。

 

ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan)を始め、精神医学は構造主義を背景にフロイト(Sigmund Freud)の古典的な精神分析理論から大きな飛躍を遂げた。私は研修医の頃に構造主義に魅了され、にわか勉強で知ったクロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)やソシュール(Ferdinand de Saussure)のことを治療技法と絡めて池田先生に話すと、池田先生はそれに全く関心を示さない。しかし、その内容について私より遥かに詳しい。池田先生と私との見解の最大の違いは、統合失調症についてである。私はフーコー(Michel Foucault)の理論が大好きで、権威的な圧力と統合失調症との関係を強調するのだが、池田先生は構造主義の相対的・相互的な世界に興味を示さない。池田先生にとっては、統合失調症も発達障害も同列で、全て対象は「目の前に実在する人」なのである。そして、良心的、全人的に接することが重要であると常に説く。

 

池田先生は、精神科医でありながらペンクラブの会員でもあり、一般向けの講演、大学での講義、執筆活動等に注力されている。病院での勤務中にも、いつも忙しそうに資料作りのためにパソコンと向き合っていたが、私が相談を持ちかけると時間を気にせず私と本気で向き合ってくださった。非常勤の池田先生の病院勤務は週1日であったが、私は池田先生が勤務される日を密かに心待ちにしていた。私と池田先生は、難治性・薬剤抵抗性とされる患者様の治療について何度もディスカッションさせていただき、時に私は実際の患者様の診察をお願いしたこともあった。今振り返っても、診察後のレビューはとても貴重な学びの場であったと思う。医学部の中で卒業後に精神科を専攻する者は変わり者とされるが、その中にわずかであるが、天才的な先生がいらっしゃる。私はこれまでの精神科病院での勤務歴の中で才能豊かな先生方とたくさん出会うことができたが、その中でも池田先生は特別な先生である。池田先生から学んだことは尽きないが、何より一番感謝しているのは「本で勉強するな、臨床の現場から学べ。文章表現で勝負する精神科医を疑え。」との言葉である。

 

およそ2年前に、そのような臨床重視の池田先生が中心となって本が出版されることになった。「標準公認心理師養成テキスト(文光堂)」である。私は池田先生から執筆依頼をいただき、私は共著者の一人として従事した。先日無事に出版となってホッとしているところである。本書は公認心理師を目指す方にとっては、全ての必要事項が簡潔に網羅されており、これ一冊と過去問集で公認心理師試験に合格することができる。また、現代の心理学でトピックになっていることが全て網羅されているため、心理学の基礎を効率よく一望したい方にも是非おすすめしたい。

 

標準公認心理師養成テキスト
文光堂
大石 幸二 (編集), 池田 健 (編集), 太田 研 (編集), & 1 その他