コラム)パンフォーカスな人の優しさ
あなたが「ねえ、今度の連休、どこか行こうよ」と誘ったのに、相手から返ってきたのは「そうだね、いいね」くらいの静かな反応だった。あれ、あまり乗り気じゃないのかな、と拍子抜けしたことはないでしょうか。もしその相手がパンフォーカスな人だとしたら、あなたが「行きたい」と思っているその瞬間に、その週の予定、道路の混み具合、かかるお金、天気、帰ってきた翌日の疲れ具合まで、いっぺんに浮かんでいるのかもしれません。乗り気ではないのではなく、見えているものが多いために、単純に「楽しそう!」だけでは反応できないのです。
周囲の刺激を人一倍細やかに受け取る傾向は、心理学では感覚処理感受性(sensory processing sensitivity)と呼ばれ、いわゆるHSPという言葉の背景にある概念です。ただ、たくさんの情報が入ってくることと、それを上手に扱えることは別の話です。私が「パンフォーカスな才能」と呼びたいのは、目の前の細部、先の予定、相手の表情、自分の体力、周囲の状況といった多くの要素を関係づけ、ひとつの全体像として組み上げていく力です。高級ブランドのサービスやデザインも、素材やロゴだけでなく、照明、包装、店員の立ち位置や言葉遣いまで細部が整い、それでいて一つの世界観に収まっています。細部が見えることと、全体が見えることが同時に働くと、完成度の高い世界が生まれます。
人に対しても同じです。パンフォーカスな人は、多くのことが同時に見えているため、相手が困る前に気づき、言われる前に準備し、問題が起きる前に少しだけ手を入れます。「寒くないかな」「これを先にやっておけば明日が楽だろう」「今日は疲れていそうだから、この話はやめておこう」。そんな小さな判断を、本人も数え切れないほど繰り返しています。ところが、その仕事の多くは事が起きる前に片づいてしまうため、周囲には見えません。同じ景色が見えていない人には、そもそも何をしてくれたのかさえ伝わらず、「こんなにやっているのに」と感じることもあります。それが積み重なれば、不満や怒りとなり、関係を断ち切ってしまうことさえあるでしょう。
パンフォーカスな人の優しさは、わかりやすく抱きしめたり、励ましたりする優しさとは少し違います。自分には見えてしまうものを見なかったことにせず、その情報を使って、誰かが少し困らないように世界を整えておく。そんな優しさです。もし身近にそういう人がいたら、その気遣いを当たり前だと思わずに、ときどき「ありがとう」と言ってみてください。たぶんその人は、あなたが思っている以上に喜ぶと思います。
