- 精神医学2022.05.18
テレワークの安全性について
30年以上前の車にはエアバッグはなかったが、現在のほぼ全ての車にはエアバッグが標準装備となっている。エアバッグの安心感に慣れ親しんだ現代人にとって、かつてのエアバッグ未装着車には漠然とした不安を感じるものである。当然のことながら、その不安はエアバッグ登場前の時代にはなかった新たな不安である。本来、車の安全性能は車体剛性やブレーキ性能等に左右され、エアバッグだけに依存するものではないはずであるが、この不安感は一体如何なるものだろうか。
コロナ禍の中、テレワークは日本の労働環境に定着し、すでにそのメリットやデメリットは議論し尽くされた感があるが、精神科医としての筆者は、通勤の負担や感染リスクよりも、テレワークがもたらす身体的安全に今注目している。現代において通勤災害や会社内でのトラブルや暴力事件は、かつてと比較すると稀になったとはいえ、人は大声で怒鳴られただけで暴力を振るわれるのではないかとの警戒心を無意識に抱き、不安や自律神経の乱れを来たしてしまうものである。日々の診療や面談ではテレワークやWeb会議は安心感があるとの声をしばしば耳にする。現代人がテレワークという新たな安全装置を解除することは簡単なことだろうか。
コロナ禍において一般的な社員は、物理的に安全なWeb面談か得られる情報が多い対面での面談かを選択する際、所属する会社の方針や面談対象者の意向を尊重せざるを得ないので、自由に意思決定できない。その不自由な状況は、可視化しにくいストレッサーともなりうるであろう。このことへの懸念ついて、社員様は会社内で言語化しにくいであろうこと、経営者や管理監督者側からの声や反応が乏しいことも少々気になっている。
コロナの感染状況は依然先行き不透明であるが、社会活動は徐々に再開されつつある。各企業においては今後のテレワークの運用について活発な議論がなされているが、社員側のテレワーク継続への要望は根強い。そのため、成長を志向する企業側にとっては、テレワークの損得を比較・検討するだけでは不十分である。そのような今こそ、安心・安全な職場づくりを目指し、コミュニケーションの向上、ハラスメント対策、社内カルチャーの改善、コンプライアンス遵守等を強化する好機が到来していると言えるのではないでかと思う。