Columnコラム

産業医2022.02.25

コラム)経営者は非高ストレス者をどう評価すべきか

ストレスチェックで高ストレス者と判定されなかった社員(=非高ストレス者)は、内発的モチベーションの高い健康的な社員と、ストレスへの対処には成功しているもののモチベーションが低い社員に大別することができます。ストレスチェックの集団分析において、経営者にとって優先して改善すべき課題は後者への対応であり、経営者は高ストレス者を減らす施策を適切に推進するだけでなく、まずは統計的に9割近くに及ぶとされる非高ストレス者の実情を正確に把握する必要があります。
モチベーションが低下した非高ストレス者の実情を考える上で有効な視点として、燃え尽き症候群(バーンアウト)に関する知見をご紹介します。
Bernier (1998)は、バーンアウトを経験した方へインタビュー調査し、バーンアウトからの回復過程を6つの段階に整理しました。
第一段階:「問題を認める」
第二段階:「仕事から距離をとる」
第三段階:「健康を回復する」
第四段階:「価値観を問い直す」
第五段階:「働きの場を探す」
第六段階:「断ち切り、変化する」
この全6段階は、燃え尽きた社員が職場と心理的距離をとり、人生の主体者としての独立した立ち位置を回復させる健康志向的なプロセスと言えます。バーンアウトからの回復過程において、ストレスや過重な労務負荷は当該社員に対し会社から離れる方向へ強い遠心力をもたらしますが、その遠心力はバーンアウトした社員だけでなく、バーンアウトしていない非高ストレス者に対しても類似の力を及ぼすと考えられます。特に非高ストレス者と判定された社員の離職率が高い企業では、このことに注意が必要です。

また、バーンアウトにおいて脱人格化 (depersonalization)と呼ばれる思いやりのない紋切り型の態度が認められるとされていますが、非高ストレス者においても脱人格化の兆候が認められることは少なくありません。社員自らがストレスを緩和させるため自衛的に脱人格化を選択しているのではないかと考えられる事例さえ、産業医面談でしばしば認められています。そのため、非高ストレス者の中には、バーンアウトのケースと同様に、職場でのストレスを緩和させるため無意識的に感情表出を低下させたり、意図的に職場との心理的距離をとることで職場でのストレスを軽減させることに成功した見かけ上適応的な社員が一定割合存在することを想定することが重要と言えます。

経営者が、そのような表面的な適応を呈している非高ストレス者の発生を早期に把握するためには、個々の社員のパフォーマンスの実態を直接的、継時的に把握し、社員のモチベーションを常時モニタリングできるシステムを構築することが有効と言えます。逆に経営者が経常利益だけに注目してしまうと、社員のパフォーマンスの低下傾向を見逃してしまうことになりかねません。経営者はストレスチェックの集団分析において、高い非高ストレス者率のみをもって健康な社員が多いと安心することなく、個々の社員のパフォーマンスの実態と非高ストレス者率の乖離の程度についてその意味や背景を詳細に検討し、有効な対策を検討することが重要と言えるでしょう。

産業医2022.02.19

コラム)経営者から見た集団分析結果

衛生委員会でストレスチェックの集団分析結果を検討する際、高ストレス者率をいかに減らすかに議論の方向性が集約される傾向がありますが、経営者目線と乖離した結論となりがちです。そもそも経営者は、集団分析結果を独自にどのように分析すれば良いのでしょうか。

会社の事業全体の方向性を決定できる経営者には高ストレス者率を低下させうる様々な選択肢がありますが、以下のようなアプローチは、時に、企業の成長スピードを低下させてしまいます。
・事業内容の変動を減らす(社員が職務に習熟しやすくなる)
・協調性や共感能力の高い人を優先的に採用する(社内のコミュニケーションが良好になる)
・職場の組織編成を固定する(マネジメント体制が安定化する)

このようなアプローチは組織運営を安定化させる一方、変化の乏しい内向きな企業風土が強化され、その結果企業の成長スピードまでもが低下しかねません。また、経営者にとって、高ストレス者の割合が低いことだけをもって現状の事業運営が健全であると早合点してしまうと、企業活動の衰退兆候を見逃してしまうことにもなりかねません。

一方、急成長を目指す多くの企業においては、以下のような状況が一時的に発生しやすくなり、高ストレス者率の増大に注意が必要です。
・事業内容が拡大し、かつ、内容も多様化・複雑化している(社員が未経験の職務を担当することが増える)
・自発性、創造力、発信力、専門性が高い方を多く採用している(協調性やコミュニケーション能力が高い人が採用されるとは限らない)
・職場の組織編成が頻繁に変わる(個々の社員の役割が不安定になりがち)

したがって、経営者がストレスチェックの集団分析結果を評価する際、事業の成長スピードと高ストレス者率の最適なバランスを検討することが重要であると言えるでしょう。